マテーシスの勉強ブログ

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知的財産管理技能検定1級(特許専門業務)合格への道:第8回(海外法規・条約関係)

前回(第7回)の内容

mathesis0923.hatenablog.com

今回(第8回)の内容

今回が最後の出題範囲のテーマで、海外法規・条約関係を見ていきます。

  • パリ条約

  • 特許協力条約(PCT)

  • TRIPS協定

  • 国際的な紛争解決(調停・仲裁・ADR等)

  • 米国特許法

  • 欧州特許条約

  • その他各国特許法(中国、台湾、韓国、インド等)

  • 国際出願の使い分け(直接出願、パリルート、PCTルート、特許審査ハイウェイ等)

  • マルチマルチクレーム問題

赤字の部分は第7回の国内法規と同様、共通テキストで紹介した弁理士試験テキスト、IPePlatでかなり賄うことができます。 今回は、条約の他の書籍と、残りの黒字の部分を中心に説明していきます。

<条約(パリ条約、特許協力条約、TRIPS協定)>

条約は、学習する順番は、前提からたどると、パリ条約⇒特許協力条約⇒TRIPS協定になると思います。 しかし、出題傾向は異なっており、多い順に、特許協力条約⇒パリ条約⇒TRIPS協定という感じです。圧倒的にPCTが重要です。

条約はあまり多くの書籍を比較してないですが、初期にメルカリで購入した、2000年頃からある古典に近い書籍です。 見た感じ、絶版のようですがAmazon楽天市場で、中古で流通はしていそうですね。 特別わかりやすいかというと、そうでもないので、探せばもっと良い新しい本はありそうです。 ここは、弁理士試験のテキストで代用してしまったので、探すのを省きました。

図解 パリ条約(発明協会

www.kinokuniya.co.jp

図解 特許協力条約(発明協会

www.kinokuniya.co.jp

図解 TRIPS協定(発明協会

www.kinokuniya.co.jp

<国際的な紛争解決(調停・仲裁・ADR等)>

国際的な紛争解決については、以下の2系統のテーマがあります。

  • ①国際裁判籍管轄と準拠法

  • ②裁判以外の解決手段(ADRによる調停・仲裁等)

ライセンス契約 ビジネス法務体系Ⅰ(日本評論社

①の国際裁判籍管轄と準拠法については、第6回の契約について紹介したこの書籍で触れられています。

②の裁判以外の解決手段(ADRによる調停・仲裁等)については用語と特徴について問われるだけなので、Webで調べるのが手っ取り早く、それで十分かと思います。

#20 裁判以外の解決策~ADRという選択肢~

#21 裁判以外の解決策~裁判と仲裁の違い~

知財仲裁ポータルサイト | 経済産業省 特許庁

https://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/tetsuzuki.html

https://www.jcci.or.jp/sangyo/adr.html

The Japan International Dispute Resolution Center

<米国特許法

米国特許法は、各国特許法の中で、かなり異色の存在です。元々先発明主義を採用しましたが、2011年の米国特許法の改正で、日本や他国と同様、先願主義に移行しました。 他国特許法は、探せば細かい違いがありますが、類似点も多いのに対して、米国特許法は中間処理や権利化後の異議申し立てや無効審判に相当する手続きが色々異なっています。 また、海外出願する場合におそらく最も多いのが米国ということなのか、1級学科試験の中で45問中約6問(約13%)と、決して少なくない配点です。 そして、かなり制度改正の経緯も含めて細かい論点まで聞かれているので、専門書で体系的に学習しておく必要があります。

米国特許出願実務ガイド(酒井国際特許事務所企画室)

米国特許出願実務ガイドの通販/酒井国際特許事務所企画室 知的財産実務シリーズ - 紙の本:honto本の通販ストア

ちょうど大きな改正があった年の翌年に刊行されており、改正の経緯や米国法の歴史、特殊な規定や手続きまで含めてほぼすべての受験に必要な要素が体系的に記載されています。 内容は分厚く価格も高めですが、これ1冊と過去問で、受験した2回の米国法問題(学科)は全問正解できました。 きちんと読み込んで勉強すれば使えると思います。

<欧州特許条約>

新欧州特許出願実務ガイド(酒井国際特許事務所)

新欧州特許出願実務ガイドの通販/酒井国際特許事務所 現代産業選書 - 紙の本:honto本の通販ストア

同じ特許事務所が出している、同程度の分厚さのガイドです。 欧州出願は、米国出願に比較すると出題数は少ないため、すべてを網羅して勉強する必要はないと思います。

欧州特許出願は、欧州特許条約という多国間条約がある点で特殊です。 また、PCTによる国際出願でヨーロッパに国内移行したい場合に、直接国内移行を認めていない国があるため、一度欧州特許庁を経由して移行が必要な「Euro-PCTルート」と、直接国内移行する「PCTルート」の2系統があります。また拡張サーチレポートの対応など、出題されやすいテーマがある程度決まっているため、その部分を過去問から重点的に理解しておけばよいかと思います。

<その他各国特許法(中国、台湾、韓国、インド等)>

その他の各国特許法(特に中国、韓国、台湾)あたりも探せば専門書を見つけることはできます。 しかし、出題されたとしても1回の試験で1問出るかでないか(特に1問の枝の中で国別の違いが問われることも多い)ため、専門書を買って勉強は明らかに非効率です。 よく出題される文脈は、国による法制度の違いを比較するような題意の枝なので、まとめて取り扱っている書籍やWebサイトを見た方が効率的です。

知財主要国の特許実務概説(日本・欧州・中国・米国・台湾版)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784905443193

ちょうどそれに該当する、同じテーマを軸に各国の取り扱いの違いを整理した書籍です。特に出願形式、新規性・進歩性・拡大先願等の審査の扱いの規定の違い、新規性喪失の例外の違いなどがまとまっています。

制度比較表(特許業務法人R&C)

制度比較表 | 弁理士法人 R&C

なんと、見たい国・地域を自由に指定して、詳細な項目まで比較表が出せるスペシャルなサイトです。 最終的には、これを日本と主要国について表にしたものをEXCELにツギハギで貼り付け、印刷して勉強しました。 多分これにかなうものはないかなーという感じです。

<国際出願の使い分け>

中小企業経営者のための海外知的財産マニュアル|東京都知的財産総合センター

以前も紹介した中小企業経営者のためのシリーズの海外対応のマニュアルです。 各国への直接出願ルート、パリルート、PCTルートと、国際出願は様々な違いがありますが、それらの説明やメリット・デメリットがわかりやすくまとまっています。

特許審査ハイウェイ(PPH)についても簡単に触れられていますが、このテーマについては注意が必要です。 特許審査ハイウェイ(PPH)は、各特許庁間の取り決めに基づき、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、出願人の申請により、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする枠組みです。

なぜか知財検定1級は特許庁が力を入れているためか、PPHの問題が好きで、頻繁に出題されます。 日本国特許庁との間で対応を取り決めている国は特許庁に記載があります。

特許審査ハイウェイ(PPH)について | 経済産業省 特許庁

しかし、特許審査ハイウェイ(PPH)の制度内容と対応国を理解していても、知財1級のPPH問題はほぼ解けません。

なぜかというと、問われることが多いのは、「第2庁(後続庁)においてどのように扱いを受けるか」であって、必要な知識は「各国のPPHに関する規定」になってしまいます。しかし日本特許庁がそれらをまとめてくれいているわけでもないため、とても勉強しづらいのです。

いちいちPPHの規定だけを各国法制度探し回る気にはとてもなれませんし、探してみてもよい文献が見つかりませんでした。 ということで、ブログ著者である自分は、PPH問題は捨て問認定して、対策を断念しました

誰か良い出典を見つけた方が猛者がいたら、コメントいただけると嬉しいです。 なぜそれほどまでしてこの問題を出し続けるのか、検定の意図がいまだに理解できないままです。

<マルチマルチクレーム問題>

知財検定1級の国別比較で最も出やすいテーマの1つに「マルチマルチクレーム問題」があります。

用語について整理すると、

  • 他の請求項を引用しない、単独で成立する請求項を「独立請求項」と呼びます。

  • 他の請求項を引用することで、付加的な構成要件を追加する請求項を「従属請求項」と呼びます。

  • 複数の請求項を引用する従属請求項(「請求項1及び2」や「請求項1~3」など)を、多項従属請求項(マルチクレーム)と呼びます。

  • さらに、多項従属請求項(マルチクレーム)を含む複数の請求項を引用する請求項をいわゆる「マルチマルチクレーム」と呼びます。

そして、この「マルチマルチクレーム」を各国特許法が認めるかどうかが国ごとに異なるため、PCTの国内移行時の翻訳および補正として、マルチマルチクレームがあるかどうか気を付ける必要があり、出願時点でそもそもマルチマルチクレームが無いようにするか、国内移行時の補正で分解するかなどの対応が必要になります。

試験では、この「マルチマルチクレーム」を認める国/認めない国の論点が出題されやすいです。

注意点①

今年以降の受験については、このマルチマルチクレーム問題に注意が必要です。 なぜかというと、今年4月以降の特許法施行規則の改正により、日本はマルチマルチクレームを「認める」→「認めない」に変わってしまったからです。

マルチマルチクレームの制限について | 経済産業省 特許庁

したがって、この変更も踏まえて出題される可能性が高まっていると思います。

注意点②

そのような背景の中、今年自分が受験した2022/3月の知財1級実技試験でまんまとしてやられたのが、「マルチマルチクレーム問題もどき問題(ひっかけ)」でした。

以下の請求項1~4をご覧ください。

通常よく見かける請求項は、以下のような階段状の引用関係を形成することが多いです。

  • 独立請求項1

  • 従属請求項2:請求項1を引用 ⇒普通の従属請求項

  • 従属請求項3:請求項1及び2を引用 ⇒マルチクレーム

  • 従属請求項4:請求項1~3を引用 ⇒マルチマルチクレーム

この場合、伝統的な「マルチマルチクレーム問題」になります。待ってましたという内容です。

しかし、2022年3月実技試験の問5をよく見ると、以下のようになっています。

  • 独立請求項1

  • 従属請求項2:請求項1を引用 ⇒普通の従属請求項

  • 従属請求項3:請求項1を引用 ⇒普通の従属請求項

  • 従属請求項4:請求項1~3を引用 ⇒マルチクレーム

これは、マルチマルチクレーム問題に見せかけた、もどき問題、いわゆるフェイクでした。 しかも、問5の(1)~(3)の各枝の設問は「○○国に外国出願した場合に,特許請求の範囲における請求項の引用形式に関して,追加の手続の必要はない。」と誘導しており、「私はマルチマルチクレームです」と言わんばかりの問題を装っています。

実技試験は20分以内に大問5題15枝の○×を筆記で解答し、終了後に口頭試問となります。 時間との戦いの最終問題の緊張感MAXの状態で、見落としやすいかつ、ほぼ全受験者が待ち受けて対策していたと思う「マルチマルチクレーム問題」に盛大なフェイクを仕込んでくるあたり、1秒も油断できないですね!

そしてそれに輪をかけて混乱したのが、口頭試問の問5(3)の問題で、 『「米国に外国出願した場合に,特許請求の範囲における請求項の引用形式に関して,追加の手続の必要はない。」は間違っている前提で、その理由を答えてください』というような内容でした。

試験官に請求項4がマルチマルチクレームである理由を答えると、審査官が「もう一度説明してください」と誘導するような質問をし、請求項3を説明した時点で筆記のミスに気付いた自分は、請求項4がマルチマルチクレームではなくマルチクレームとわかりました。この瞬間、本気で血の気が引くような感触がしたのを今でもはっきり覚えています。 しかし、改めて必死に考えても、米国はマルチマルチクレームは認めていないのですが、マルチクレームは認めていて、「間違っている前提で、その理由は」という問いの真の意味が理解できず、フェイクに引っ掛けられて筆記で間違えたという焦りから、最後までただ「分解する必要がある」ということしか答えられませんでした。 おそらくこの実技試験で間違えた大きな失点はここだけだったと思います。

まだ販売されている正解解説を見ていないのですが、試験を終えた直後にその答えが、「米国法ではマルチクレームがあると追加加算料金が発生してしまう」ということだと理解しました。そのために「マルチクレームを解消する補正手続が必要であるから」が正しい答えだろうと推測しました。これは後日確認したいと思います。 前述の米国特許出願実務ガイドに記載されており、試験後に思い出せる程度にはきちんと対策していた内容でした。でも答えられなかったことに大変ショックを受けました。

米国特許出願でマルチクレームを使用するメリットは? | 知財実務のTips

最後の最後まで油断できない知財検定1級、合格できたからよいけど、この問題のせいで落ちたら悲しいよ…

以上、長くなりましたが、色々波乱がありそうな海外対応のまとめでした。 試験範囲全体の参考資料についての解説は、いったんここまでにしたいと思います。

次回は、少し先になるかもしれませんが、全体を振り返って思ったことなど個人的な所感をまとめたいと思います。

2024年2月 追記 口頭試問の問5(3)の正しい答えは、某模範解答を購入して確認し、上記の推測通り、「米国法ではマルチクレームがあると追加加算料金が発生してしまう」だとわかりました。このフェイク問題を考えた作成者はある意味切れ者だと改めて感じました。